ここでは、「どのように見せるか」の理論を演出と定義する。 せっかく面白いシーンであっても、せっかく巧い絵であっても、演出が良くなければ台無しになってしまう。 これは、人間が心地良く感じるモノになっていないためである。 そのような惨劇を生まないためにも、演出論を学んでおくことに利がある。
次の頁が気になる展開を「ヒキ」、頁をめくった最初のコマを「メクリ」と言う。 読者を引き込むための重要な演出である。 コマ割りの取っ掛かりとしても、常に意識すべきである。 メクリに大ゴマを使うと効果的になりうる。
徐々に盛り上げたテンションを頂点に達する展開や、予想を裏切る展開で驚きや笑いを取る展開を作れる。 例えば、以下のようなパターンがある。
ヒキ | メクリ |
---|---|
あるキャラが心を通わせていく | そのキャラの幸せそうな顔 |
あるキャラへ軍配が上がっていく | そのキャラによる反撃 |
読者に答えを予想させる展開 | 答え合わせ |
読者が心配になるような展開 | 心配をすべて払拭するような一言 |
あるキャラへ会話のバトンパス | そのキャラが想定外の発言 |
何かの正体を恐る恐る探る | 何かの正体は想定外のもの |
極めて普通の展開 | 唐突で想定外の展開 |
頁全体で「逆Z字」に視線を誘導すべきである。 そもそも、読者は視点を台詞や物体を右上から順々に移す。 この視点を繋げたとき、「逆Z字」になっていることが望ましい。 これを実現するために、適切にコマを割り・台詞や物体を配置する必要がある。
読者の視線はキャラの視線によっても制御される。 例えば、キャラが左を向いているとき、読者はキャラあるいは紙面上の左側に何かがあると期待する。 その期待に正しく応えることで、読みやすい漫画になる。
効果線は最も容易な演出である。 存在を強調したり、スピード感を作ったり、空間や時間の流れを示したり、様々な事象のガイドとなる。
効果線は、実体を持たない記号であり、線で表現される記号すべてである。 一般的に次の種類がある。
呼称 | 概要 |
---|---|
集中線 | 中心に向かって円状に線を引く。線の中心の物体を強調する。画面全体の迫力を出す。 |
流線 | 対象の動き・流れに沿って平行線を引く。物体のスピード感を作る。空間や時間の流れを示す。手前から奥への流線は集中線のようと見かけが同じになる。 |
垂れ線 | 上から下に平行線を引く。不気味な雰囲気や落ち込んだ雰囲気を演出する。 |
光 | 端の切れた中の白い十字を引く。新しさ・嬉しさ・恍惚な様子を表現する。 |
(不明) | 物体の輪郭に沿って線を引く。物体の震えを表現する。 |
(不明) | 衝突点から円状にギザギザな線を引く。物体の衝突を表現する。 |
作者視点に立つと、効果線は一見 あざとい ように感じるかもしれない。 しかし、読者はあまり意識していないので、臆せず積極的に用いると良い。 下は効果線を多用する方の例である。 すべてのコマに効果線が入っているが、むしろカオスの勢いを強調し面白さに拍車がかかっている。 1コマが横に長いため、1コマ内の時間が長く、1コマ内でもテンションに差が生じている。特に、3コマ目の流線の影響先は、犬走椛(刀を持ったキャラ)でも射命丸文(流線に重なっているキャラ)でもなく、流線に重なっている台詞と効果音である。
物体や物体の影を適切に線で描くことで、効果線の効果を生むこともできる。 次の1コマ目がその例である。 1コマ目には狭義の効果線が引かれていない。 全体を漠然と捉えると、交通事故寸前の一瞬をカメラで撮影したかのような 静止 した印象を受ける。 しかし、それと同時に、車や地面に流線が引かれているため、心がそわそわするような 脈動感 を持っている。
背景に模様等を描くことで雰囲気を表現できる。 よく見かけるパターンには次のようなものがある。
パターン | 効果 |
---|---|
水玉 | 暢気な様子。ポカンとした様子。背景が寂しいときのfiller。 |
点線 | 陽気な様子。 |
電流 | 衝撃を受けている様子。何かを閃いた様子。 |
画面全体が黒 | 絶望している様子。動揺している様子。憤怒の予兆。 |
画面半分上が黒 | 考えている様子。心配そうな様子。 |
カケアミ | どんよりした様子。不気味な様子。不安そうな様子。 |
花・レース | 可憐な様子。恋愛の表現。 |
幾何模様 | 図形の印象を付加する。 |
キャラ全体をグレー・トーンで暗くすることで、シリアスな雰囲気を演出できる。 切迫、逆光、乖離の表現と捉えられるのだろう。
逆に、キャラの色を薄くすることで、淡い雰囲気を出せる。 下はその例である。 さらに、キャラ全体を薄くすることで、 特別なコマ を強調できる。 下の右はその例である。 近年の荒木飛呂彦先生の作品では、例のような焦燥や逡巡のシーンだけでなく、格言や迫力のシーン、フォーカスの当たっていない物体を描くときに多用されている。
また、シルエットをぼかしたり・上にトーンを貼ることで、エモーショナルな雰囲気を演出できる。
キャラを右に置くか左に置くかで受ける印象が変わる。 これは、上手(かみて)と下手(しもて)の理論による。 漫画では、次のようである。
種類 | 場所 | 効果 |
---|---|---|
上手 | 画面右側・上側 | 上位。優勢。強い。大きい。主導権がある。動作の行為者。 |
下手 | 画面左側・下側 | 下位。劣勢。弱い。小さい。主導権がない。動作の被行為者。 |
つまり、上手に立ち下手を見る者は、強く・安定している。 一方、下手に立ち上手を見る者は、弱く・不安定である。 基本的には、上手に主人公、下手に敵を配置すると良いだろう。 しかし、状況設定次第では、安定を「いずれ崩れるもの」、不安定を「いずれ翻るもの」と捉えることができる。 その結果、次の表のように4パターンが考えられる。
主人公の位置 | 敵の位置 | 状況 | 効果 |
---|---|---|---|
上手 | 下手 | 主人公優勢 | 主人公の強さの強調 |
上手 | 下手 | 敵優勢 | 主人公の危機 |
下手 | 上手 | 主人公優勢 | 主人公による反撃 |
下手 | 上手 | 敵優勢 | 敵の強さの表現 |
物の進む方向も与える印象に影響する。 基本的には、上手から下手へ移動するように描くと良い。
種類 | 効果 |
---|---|
上手から下手 | 順行。自然。進展。 |
下手から上手 | 逆行。不自然。予兆。強い抵抗力。 |
イマジナリーライン(後述)を越えることなく、上手から下手への進行方向を下手から上手への進行方向に逆転することで、慌ただしさを演出できる。 下はその例である。
イマジナリーラインとは、対話者を結ぶ直線である。 自然に見せるためには イマジナリーラインを越えてはならない。
イマジナリーラインを越えると、対話者が対話しているように見えず、違和感を覚える。
イマジナリーラインを越えても不自然でない場合もある。 そもそも、イマジナリーラインを越えたときの違和感は「視線誘導に失敗している」つまり「コマに繋がりがない」ためであるが、コマ同士に繋がりがなくても構わない場合は問題がない。 しかし、次のような安全にイマジナリーラインを超えるための方法があるため、これに従うのが無難であろう。
本段落は持論であるため注釈として書く。 漫画はかなりイマジナリーライン越えに寛容である。 上に示した方法の他に、「頁を移る」「背後に回る」「前のコマで注目される下手のキャラを次(下段)のコマの上手に置く」等が挙げられる。 これらがなぜ成立するかというと、読者の視線を乱していないからである。 逆に言えば、描かれるべきキャラ・向きが明瞭であるとき、それに違うものを描いたときに混乱するのである。 そして、そのようなレイアウトにしなければ、なんでも許されるのである。